大判例

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仙台高等裁判所 平成4年(ラ)137号 決定

抗告人

倉場広志

右代理人弁護士

東海林行夫

主文

原決定を取り消す。

抗告人を免責する。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙「抗告状」及び「抗告理由補充書」各写し記載のとおりである。

二記録によると、抗告人は、宮城労働金庫ほか一一名に対し合計七一八万六一一五円の債務を負担して支払不能の状態に陥り、平成四年五月二七日、仙台地方裁判所に対して自己破産の申立をし、同年七月二〇日同裁判所において破産宣告を受け、同時に破産財団をもって破産手続の費用を償うに足りないとして破産廃止決定を受けたことが認められる。

三記録によると、抗告人は、月々一八万円位しか収入がないのに、昭和六二年五月頃から平成三年六月頃まで四年間の間に中古自動車を三台購入し、そのために金融機関等から合計四一〇万円を借り入れ、その他、自動車の維持費用、生活費、借入金の返済のためにサラ金会社、信販会社から借り入れを重ね、平成四年四月には月々の借入金の返済額が二〇数万円となり、自暴自棄となって勤務先にも出勤せず、クレジットカードを使用して時計、貴金属を高額の物品を購入して質入れし、その質入金で従前の借入金の返済、生活費等に充てていたものであることが認められ、これらの事実に照らすと、抗告人はその財産状態に照らし不相当な支出をしたものであって、抗告人には破産法三六六条の九第一号(三七五条一号)に該当する事由があることは明らかである。

四ところで、免責の制度は、誠実な破産者に対する特典として、特定の債務を除きその責任を免除することによって、破産者の経済的ひいては社会的再起更生を容易にすることを目的とするものであり、破産法三六六条の九が「裁判所ハ左ノ場合ニ限リ免責不許可ノ決定ヲ為スコトヲ得」と規定していることからすると、破産者に同法三六六条の九所定の各号に該当する事由がある場合であっても、破産者の不誠実性が顕著でなく、破産者が社会人として更生できる見込みが充分に認められる等特段の事由があるときは、裁判所はその裁量により免責を許可することができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、記録によると、抗告人が自動車を購入したのは通勤に必要であったからであること、二回買い換えをなしたのは、自動車が故障したことによるものであること、自動車の購入以外に特段の浪費がないこと、最後に自動車を買い換えるために借金をした以降の借り入れは、ほとんど従前の借り入れの返済を目的としたものであったこと、平成四年四月にクレジットカードを使用して購入し、質入した時計、貴金属は、抗告人の父親が質屋から質入品を受け戻し、クレジット会社に引き渡されていること、債権者らは、抗告人の免責の申立について異議を申立ていないこと、抗告人は平成四年六月から親元から通勤して新しい勤務先で働いており更生の意欲は充分あること、平成五年二月に、父親の援助によって債権者らに合計一〇〇万円を任意に一部弁済していること(配当率約一四パーセント)が認められ、これらの事実に照らすと、本件は免責が許可できる事案であるというべきである。

五よって、原決定を取り消し、抗告人に対し免責を許可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官豊島利夫 裁判官永田誠一 裁判官菅原崇)

別紙抗告状

抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 本件免責を許可する。

との決定を求める。

抗告の理由

一 原決定は、破産者には破産法三六六条ノ九第一号(破産法三七五条一号)の免責不許可事由に該当する事由が認められ、かつ、諸般の事情を斟酌しても破産者を免責するのは相当でないとして免責不許可の決定をした。

二 同法三六六条ノ九第一号、三七五条一号は、浪費または賭博その他の射倖行為に因り著しく財産を減少し、または、過大な債務を負担することを以って、免責除外事由と定めるところ、抗告人の債務負担行為は、未だ同条項の意味する浪費には該当しない。

また、抗告人は、借金をした金でパチンコをしたことがあるにしても、これにより著しく財産を減少したものでもなく、また、過大な債務を負担したものでもないのであるから、債務者の右行為も同条項には該当しない。

三 仮に抗告人に同条項に該当する事由が認められるとしても、抗告人は、軽率な借金を積み重ねたことにより生活が苦しくなり、その後は、借金返済のために借金を重ねたことにより、益々過大な債務を負担するに至り、遂に破産による清算を決意したものであって、免責不許可を相当とする程の不誠実性は認められない。

四 よって、原決定を取消し、免責を許可されることを求めて本申立に及び次第である。

おって、抗告理由補充書を以って、理由を補充する所存である。

別紙抗告理由補充書

一1 免責制度の趣旨については、誠実な破産者に対する特典とする見解(仮に特典説という)と破産者の更生を確保するための破産者の権利とする見解(仮に権利説という)が対立している。

前者の見解によるときは、破産法三六六条の九を厳格に解釈運用して免責を不許可とする場合を拡げ、一方、後者の見解によるときは、同条を弾力的に解釈運用することにより、免責が許可される場合を拡大する結果をもたらすことになる。

それでは、我国の裁判実務においては、どのような傾向が認められるのであろうか。

2 我国の裁判実務の傾向について、前者の見解を基礎としつつ破産者の更生を考慮する立場である旨の解説をする者もある。

しかし、現実の裁判の統計を見る限り、この解説は、にわかに首肯することが出来ない。

即ち、札幌地裁(本庁)では、昭和五九年一月から六月までの間に免責を申立てた破産者の九〇パーセント強が免責を許可されており、東京地裁(本庁)では、昭和六三年度の免責申立事件の総数五五九件の内、免責許可五一八件、不許可一五件(取下等二六件)であり、免責を申立てた破産者の内約92.6パーセントの者が免責を許可されている(判例タイムズNO.七〇六、三一三頁)。また、同じく東京地裁(本庁)の平成元年度の統計では免責申立事件総数六一七件の内、免責許可件数五七五件、不許可件数二三件(取下等一九件)であり、免責許可率は、約93.2パーセントに達っしている(判例タイムズNO.七三五、三三七頁)。

このような統計からうかがわれることは、裁判実務の大勢は、免責制度を破産者の更生を容易ならしめるための制度として理解し、同条を弾力的に解釈運用することによって、破産者の救済を図っているということである。何故かと言えば、前記統計に現われた事件の圧倒的多数は、いわゆる消費者破産事件であることが顕著な事実であるところ、かかる事件においては、破産者の多くが、過大な出費や放漫な借入れをし、更に、客観的には返済不能と認められる状況の下で、借金返済や生活のために新たな借金を重ねるなど無理に無理を重ねた挙句、最悪の事態になってからようやく破産申立を決意するのが通常であって、もし、特典説に立って同条を厳格に解釈運用する場合には、消費者破産者の多くの者が不許可事由のいずれかに該当するとして免責不許可の決定を受けざるを得ないことが明白だからである。

3 そして、このような裁判実務の傾向は、個人の尊厳に重きを置き、何人にも人たるに値する生活を営む権利を保障する憲法の基本精神に合致するものとして積極的に支持することができる。けだし、特典説によるときは必然的に免責の途を狭めることになりその場合、ひとたび多額多重の債務を負担した者は、終生債務の重圧のもとに苦しめられ、経済的再起が困難となり、引いては社会的にも葬られてしまう場合が多くならざるを得ないからである。

4 したがって、免責制度の解釈運用については、破産者の更生という見地に立って、免責除外事由を限定的に解釈するとともに、免責除外事由の存在が認められる場合においても、破産者に真に悪質と言える様な顕著な不誠実性が認められず、また、破産者において過去を反省して生活態度を改め、社会人として更生する決意がある場合には、免責を許可することが相当であると思料せざるを得ない。

以下、本件について、このような見地から検討したところを述べることとする。

二 抗告人が経済的破綻に陥入った経過は概ね次のようなものである

1 抗告人は、昭和六二年まではさしたる負債も無かったが、通勤等の関係で自動車が必要であったため、昭和六二年五月ころ、宮城労働金庫から約一八〇万円の借金をして中古自動車(トヨタMR2 一六〇〇cc)を購入した。

2 昭和六三年一二月ころ、株式会社武富士から約五〇万円の借金をして車検を受ける費用や電化製品等の購入費に充てた。抗告人は、昭和六一年四月離婚をした際、家財一切を妻に渡して体一つで実家に戻ることになったため新たに電化製品等を購入することになったものである。

3 平成二年一月ころ、前記自動車(MR2)がエンジン故障を起し、修理代に四〇万円乃至五〇万円を要することが判ったため、父親からその自動車(ブルーバード)を代金五〇万円で譲受けることとし、株式会社武富士から同額の借入をしてその費用に充当した。

なお、抗告人は、右借入の時期について、平成元年四月ころと陳述したが、株式会社武富士の仙台地裁の照会に対する回答によれば、借入時期は平成二年一月ころであったことが認められる。

4 平成二年二月ころ、株式会社プロミスから五〇万円を借入れ、内約三二万円を株式会社武富士に返済し、残金でタイヤやアルミホイールなどのカー用品を購入した。

なお、抗告人は、右借入の時期について、平成元年五月である旨陳述したが、株式会社プロミスの回答書によれば借入時期は、平成二年二月ころであったことが認められる。

5 平成二年八月ころ、抗告人は、当時、結婚を考えていた菅野敦子と同棲するために多賀城市高橋にアパートを借りることにし、そのために株式会社オリエントコーポレーションから二五万円の借金をして世帯を持つ費用にあてた。

なお、抗告人は翌年春右菅野と別れて実家に戻り、以後、両親と同居して暮している。

6 平成三年三月ころ、抗告人は、父親から譲受けた自動車が故障続きだったので、これを兄嫁に譲り、自分は、宮城労働金庫から一七五万円の借金をして中古の日産ブルーバードを購入した(抗告人は、同年六月ころ同金庫から一八〇万円の借金をした旨陳述するが、同金庫の回答により、右の通りであることが認められる)。

ところが、当時の抗告人の給料は、月一八万乃至一九万円であり、前記菅野と別れて実家に戻ってからは両親に対して毎月五万円乃至七万円の生活費を渡していたことと同金庫からの借入れのために月々の借金の返済額が増加したことによって、抗告人の生計は著しくひっ迫したものとなった。

7 そのため、抗告人は、同年七月に株式会社レイクから二〇万円同年九月にアコム株式会社から五〇万円の借金をして借金の返済や生活費に充て、同年一一月には株式会社ナショナルクレジットローンから二〇万円の借金をしてスタッドレスタイヤの購入費と借金の返済に充当し、同年一二月には車検を受ける費用として日立クレジット株式会社から約一三万円の借金をした。

また、平成四年になってからも、借金返済と生活費に充てるために、一月にアイク株式会社から二〇万円、二月に岩手銀行から三〇万円、三月に宮城労働金庫から五〇万円の借入れをした。

8 同年四月初旬、抗告人は、その負債総額が多額であることからサラ金や信販会社から新たな借入れをすることも出来なくなったために借金の返済に行き詰まり、クレジットで合計約一二二万円の時計、ダイヤモンド、ネックレスを購入し、これらを入質して合計二三万円を借入れ、ローンの返済や生活費に充てたりした(但し、後日、父親において、これらを質屋から取戻し、クレジット会社に返還している)。

また、抗告人は、四月初旬から、自宅や勤務先にサラ金の督促の電話が入るようになったため、家に居ることも出勤することも出来なくなり、家を出て方々を泊り歩くようになってしまった。

そして、その後、抗告人は、父親の強い勧めもあって本件破産申立を決意するに至った。

三1 このような経過を見るに、抗告人の生計は、平成三年三月自動車を買替えるため一七五万円の借金をしたことによって著しくひっ迫したものとなり、その後、借金の返済や生活費に充てるための借金を繰り返したことによって負債額が増大し、遂に経済的破綻の状況に立ち至ったことが認められる。

2 しかし、自動車の買替えは、当時の抗告人の経済状態からして無思慮、気ままとの非難は免れないとしても、抗告人としては通勤のため毎日自動車を使う必要があって故障続きの自動車では著しく不便であったことや現代の社会生活においては自動車は極く通常の生活用品であってぜい沢品には該らないことなどからすれば、抗告人が買替やそのための借金をしたことを以って、浪費により著しく財産を減少しまたは過大な債務を負担したと言うことは出来ない。

3 その後、抗告人が借金を繰り返して負債額を増大したことにしても、その金がこれまでの借金の返済や生活費に充てられており特段の派手な生活をした形跡も無いのであるから、浪費により過大な債務を負担したと言うことは出来ない。

4 また、抗告人は、平成四年四月中パチンコで八万円を費消した旨陳述するところ、右行為は、当時の抗告人の経済状態からすれば正に非難すべきことと言わざるを得ないにしても、これによって著しく財産を減少したとは言えないことも明白である。

5 したがって、抗告人には法三六六条の九第一号、三七五条第一号に定める免責不許可事由の存在を認めることは出来ないものと思料する。

四 仮に、抗告人に法第三六六条の九第一号その他の免責不許可事由の存在が認められるとしても、同人には次のような酌量すべき事情が認められる。

即ち、

(1) 総額七〇〇万円強の負債は、月一八万乃至一九万円の収入しかない抗告人にとっては極めて多額なものと言うべきであるが、現下の消費者破産事件の実態からすれば必ずしも巨額な負債とは認め難いうえ、昭和六二年五月から平成四年四月までの五年間にわたる借金や金利が異積した結果であって、この間、抗告人には無計画的な出費はあったにしても、特段の奢侈、ぜい沢にふけったような行跡は認められない。

(2) 平成三年七月から平成四年四月までの九ヶ月間に大巾に負債額が増加したことが認められるにしても、借入金の相当額が他の借金の返済に回されている。

(3) 平成四年四月抗告人はパチンコで八万円を費消している。しかし、当時、抗告人は、取立を受けて自宅に居ることも出来なくなる程の破局的状況に陥入り、自暴自棄になった挙句の行動であったと認められるので、強く非難することはできない。

(4) 平成四年四月に入質の意図を秘してクレジットを使って物品を購入した件については、非難を免れないにしても、破局的段階において自暴自棄に陥入り冷静さを欠いたための行動とし宥恕すべき面があるうえ、父親において質屋から入質した物品を受戻し、クレジット会社に引渡している。

(5) 前項の借入を除き、抗告人が積極的に詐術を用いて借金をした事実は無いので債権者に対する加害者の程度は軽度である。

(6) 債権者から免責についての異議申立がなされていない。

(7) 抗告人は、本件破産申立後、今崎機械マリーナ仙台に就職し、真面目に勤務して生活を再建すべく真剣な努力を続けている。

(8) 抗告人の給料は、月約一五万円に過ぎず、父親にしても手取り約二〇万円程度の給料を得ているだけで、しかも、父親は間もなく定年を迎えようとしているので、抗告人や家族が本件債務を返済することは到底不可能である。したがって、もし、本件免責が許可されない場合には、抗告人は、終生債務の重圧によって苦しめられ、経済的再起が困難となることが予測される。

以上の諸事情を総合すれば、抗告人には悪質と称すべき程の顕著な不誠実性を認めることは出来ないので、裁量による免責を許可されるのが相当であると思料する。

五 よって、原決定を破棄して免責の許可がなされることを希望して本申立に及んだ次第である。

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